一枚のレコード

 ここに1975年頃、僕が学生時代に購入した1枚のLPレコードがあります。
 このレコードは一枚2,300円と当時としてはかなり高額でした。1942年の実況のラジオ放送からのレコード化によるモノラル録音と表されています。
 1942年の第2次世界大戦の最中にナチ政権下のベルリンで行われた演奏会によるもので、日本では昭和17年にあたります。会場の拍手や雑音、さらに観客の咳払いも聞こえ、決して良い録音状態ではありません。ステレオ録音全盛の時代になって復刻された、貴重な録音のひとつとして『フルトヴェングラーの芸術シリーズ』のサブタイトルがついたレコードの一枚です。
 収録曲は、シューベルト作曲交響曲第9番ハ長調「ザ・グレイト」です。演奏は、ウイルへルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。

 (ーこのレコードは第2次世界大戦中の「非常事態」での演奏ということで、純粋に音楽的な意味の他に、時代のドキュメントという特殊な意味を持っていることを否定できないだろうー)

 そんな、ジャケットのライナーノート(解説)に書かれたこのレコードの立ち位置的意味もありますが、僕の感想は『音楽がもたらす奇跡と感動の名演』です。
 この曲が書かれたのは1825年頃で、古典派の集大成とも言えるベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」とほぼ同時期に当たります。シューベルトは、音楽に歌う詩情と感傷的メロディーを多く取り入れた歌曲やピアノ曲、室内楽に多くの名曲を残しています。シューベルトがロマン派の先駆者と言われる所以です。後の19世紀後半の音楽や、シューマン、ブラームスなどに多くの影響を与えています。
 そんなロマン派のエキスが染み込んだこの、シューベルトの第9番(現在ではあの「未完成交響曲」に続く「第8番」と称されています)は、初演されたのがシューベルト死後11年目の1839年でした。
 シューマンが偶然発見しメンデルスゾーンが指揮をしたという奇跡の産物です。前述の「未完成交響曲」は、さらに26年後の1865年に初演されています。19世紀末の西洋音楽のシューベルト・ブームに想いを馳せます。
 さて、この第9番の草稿を発見したシューマンは、この曲について「天国的に長い・・・」と、熱烈に賛辞の紹介文を書いています。これは単に冗長という意味ではなく、「あくことなく続く、神々しいばかりの美しさ」を意味しているとの事です。
 この音楽を、20世紀最大の指揮者といわれるフルトヴェングラーが、第2次世界大戦中のベルリンにおいて、ナチ政権の監視下で、ラジオの実況録音に選びました。
 そして2024年の現在、僕たちは『このレコード』で、80年前の聴衆と共に、その音楽を聴くことができます。
 200年前に作曲された「天国的に長い・・・」その音楽をー。
2024年02月04日